2013年6月20日木曜日

コラム 世界から下位タイトルへ


 6月28日、後楽園ホールで元WBA世界S・バンタム級王者の李冽理(横浜光)がOPBFフェザー級王座決定戦に出場する。わが国では、一度世界をきわめたボクサーが翻って下位のタイトルに挑む例はあまりない。
 
ロイヤル小林
古くはロイヤル小林。1967(昭和51)年、リゴベルト・リアスコを倒してWBC・J・フェザー級王座を奪い、廣東均に敗れ陥落。78年に黄福寿に10回KO勝ちでOPBFのフェザー級タイトルを獲った。これは怪物ウィルフレド・ゴメスへの挑戦に失敗した後だった。

 小林はゴメスふくめ、アレクシス・アルゲリョやエウセビオ・ペドロサらの強豪ボクサーに果敢にアタックしたことで記憶に残る選手で、世界チャンピオンとしての栄光の時間は短かった。そのため見過ごされがちだが、黄に勝って手にしたOPBF王座は引退の81年まで7度も防衛している。ラストファイトは黄正漢に初回KO負けでこのベルトを失った試合だった。

 元WBA・J・ミドル級チャンピオン、三原正も再び訪れるであろう世界のチャンスを信じて、下位のタイトルを守り続けた。

 三原はプロ5戦目でOPBF王座に就き6度防衛、そして15戦目でニューヨークでロッキー・フラットに勝ってWBAチャンピオン獲得(81年)。初防衛戦でデビー・ムーアに敗れて、わずか3ヵ月の短命だったのは小林に共通するが、三原に2度目のチャンスは訪れなかった。
 
李冽理
ムーア戦の9ヵ月後に沢田勝博をKOして日本王座を獲り、これを6連続防衛。しかし絶頂期のボクシングの輝きを取り戻すことはできず、1度はトーマス・ハーンズへの挑戦が内定しながら、85年3月のノンタイトル戦を最後に引退したのだ。

 世界王座の数が増えた現代ではなおさらのこと、昔も陥落後に日本や東洋のベルトをこつこつ守りつつチャンスを待つ元チャンピオンは少なかった。

 ちなみに最近では高山勝成がWBCミニマム級王座を失ってから日本のベルトを巻いた例がある。防衛こそしていないが、その後の活躍はごぞんじのとおり。李もこれにあやかりたいところだろう。(島篤史)

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