みんなちゃんとやろうよ─。
13日、引退を表明した前WBC世界S・フライ級王者の佐藤洋太(協栄)が現役時代、何度も口にしたセリフだ。
佐藤洋太。引退会見で |
当たり前のプロセスを省略すると、世界タイトルマッチが色あせる。それはそうだろう。都道府県大会のない高校野球にだれが感動を覚えるだろうか。サッカーのW杯にも大陸予選があり、国と国の威信をかけた戦いに勝利してW杯の舞台を踏むから価値を感じるのではないか。オリンピックだってまったく同じプロセスだ。金メダルを獲得する選手でも、頂点にたどり着くまでにはいくつものハードルがあり、時には負け寸前という大苦戦も経験するだろう。そうしたすべてをひっくるめての頂点だから、そこに立つものは賞賛を浴びるのだ。
これが予選抜きで推薦出場みたいなチームや選手がポンと“大舞台”に立ち、試合に勝って「オレが世界一だ!」と胸を張られても困ってしまう。「そう言われてもな~」が正直な気持ちではないだろうか。
振り返れば佐藤は初めて取材したときから「正当なプロセス」に強いこだわりを持っていたように思う。あれは翁長吾央(大橋)との日本S・フライ級暫定王座決定戦の前だから2010年の4月のことだった。
勝利の瞬間、感極まった佐藤。翁長との日本暫定王座決定戦 |
アマチュア時代に高校3冠を獲得し、プロでも無敗だった翁長に対し、佐藤はアマでもプロでも特別に注目株というわけではなかった。そのとき佐藤は次のような趣旨のことを語っていた。
翁長は期待のホープとしてプロでも大事に育てられてきたように思う。対戦相手を見てもマッチメークに厳しさを感じないし、本当にしのぎを削るようなタフな試合を経験していない。自分は負けを経験しているし、ギリギリの試合に競り勝ったこともある。そこの差が試合でも絶対に出るはずだ。
ふたを開けれ見れば、試合は佐藤の圧勝だった。
昨年の大みそかに佐藤に敗れた赤穂亮(横浜光)も「ちゃんとやろうよ」の精神の持ち主だ。先日の再起戦後に、こんなことを言っていた。
「すぐにまた世界戦ができるなんて思ってないし、すぐに挑戦できたらおかしい。国内の強豪選手に勝って、みんなが納得するようになって、また世界戦の舞台に立ちたい」
佐藤や赤穂のようなまっとうな意見を聞くとすごく安心する。大人の事情ってやつで、時にはちゃんとやれないときがあるのも分かる。でも、みんなちゃんとやろうよ。忘れちゃいけない言葉だと思う。(渋谷淳)
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